カッコウ悪い総理
 

 国織田表ですから、コソコソせずに、正々堂々としてほしい。世界の心ある人は「井の中の蛙」のように、見たのではないでしょうか。心配です。こうしたやり方が(外交上ではあまり用いられない)「失望」との(米政府の)声を誘ったのでしょう。

 確かに、戦争を推進した人たちにも感謝しなければいけない面が多々あります。とはいえ、その評価は時間の経過で変わりかねません。総理ともなれば、しかも、時代が変貌しつつあるわけですから、もっと大きな視野や視界が求められてよいではありませんか。

 問題は、戦争を肯定し、職業軍人となって公費で戦い、恩給にありつけた人たちもあれば、学徒動員のように5万人とも13万人とも言われ、その数さえはっきりしない兵士もあることです。満州開拓団員のように、軍人に見捨てられ、戦地に取り残された人たちもいます。都市爆撃で犠牲になりながら、何らの保証や恩賞も受けていない人たちもいます。

 それよりも問題は、今日の物質的繁栄を手放しで喜んでいいのか、との精査が求められるのではないでしょうか。貧富格差を広げているし、家庭崩壊も進んでいる。和気あいあいに見える家庭も、その分、来世代を窮地に追い込みかねない環境破壊を余計に進めている可能性もある。

 こうした今日の繁栄の陰で、多くの尊い命が失われてきたことは事実です。戦争犠牲者だけでなくトンネルやダム工事でも多くの犠牲を伴っており、感謝しなければなりません。

 それ以上に悲惨ともいえる犠牲者を出してきたことを忘れてはならない、と私は思うのです。国の代表であり、その双肩には未来に対する責任が最も重くかかっている総理ですから、もっと大きな視野や視界を感じさせる思考や志向を感じさせてほしい。

 命を削りながら私費で、しかも収入の途を失いつつ、世間からの声援が得られないどころか偏見や差別にさいなまれながら、国家の犠牲になった人も多々あったのです。その最たる事例は水俣病やイタイイタイ病などの公害犠牲者ではないでしょうか。

 ちなみに、私は大吟醸酒を断つことにしています。そのわけはすでに触れましたが、隙間があったのです。フランスのワインでは、その隙間を作っていないのに、大吟醸酒では手抜かりがあったわけです。フランス(世界が原爆実験を思いとどまるように訴えたのに、強行したことがあった)のワインでは、一切買わない、ただしいただき物などは飲む、でした。
 
 

正々堂々