晴れ晴れした気分

 

 9日午後のTVで、関電の高浜原発3,4号機の運転停止が決まった、と知った。翌朝刊で、「高浜原発、差し止め」「大津地裁、仮処分」「3,4号機運転停止」「隣県の原発 止めた」などの見出しの下に、視覚的に再確認した。そして、幾度か訪れた311後の被災地を振り返り、その折の五感を超えた緊張感を思い出した。

 草いきれを愛でながら、胸いっぱいに吸えなかった空気。妻が「これヨ」と、かねがね聞かされていた山苺を見つけ、たくさん実がなった枝を折ってきたが、味見しかできなかった。聴かされていた以上に美味であった。

 大津地裁の山本義彦裁判長は、隣接(滋賀)県民29人の訴えを認め、「稼働中原発の運転を差し止める」という史上初の仮処分請求を認めた。晴れ晴れした気分になった。

 というのは、この判事は、2年ほど前に、関電の大飯と高浜両原発について、再稼働禁止の仮処分を求めた請求を却下している。原子力規制委員会がいたづらに、早急に、再稼働を容認するとは考え難い」などを理由にしていた。

 それだけに、少し冷静な気分になってから、このたびの判決の重さに気付かされ、いわば当たり前の判決に「どうしてこんなに喜ばなくてはならないのか」と、不思議な思いにかられ始めた。そして、朝日新聞が報道した判決理由を丁寧に読んだ。

 友人の知らせを受けて、初めて『朝までテレビ』を見た。朝日新聞と毎日新聞の報道と読売新聞とサンケイ新聞の報道が、真っ逆さまだとの紹介から始まった。

 先ず、シナリオのない生報道の迫力に心を打たれた。次に、被災地や、被災の危険性がある自治体の長経験者と、国政を預かる自民党議員の意識と真剣さの隔たりに驚かされた。どうしてこの(夜中の)番組が、昼間に報道されないのか、とも考えた。さらに、民放の意義を見直した。

 後世の人は、私たちをどう見るのだろうか。よしんば、悲惨な原発事故が再発しなかったとしても、そのころには世界のウラニウム資源は枯渇している。そう遠い話ではない。私はあと半年足らずで78歳になるが、昨今誕生した子どもたちは直面する課題だ。

 なぜ日本は、自然エネルギーへの転換を、つまり枯渇せずクリーンなエネルギーへの転換を躊躇したのか、と不思議に思うことだろう。先進工業国の中では最も自然エネルギーに恵まれていたし、その開発技術も世界でピカ1の国だった。逆に、地震や火山など自然災害上では先進国の中で、原発設置に最も向いていない国だった。なのにどうして、と不思議に思うことだろう。この想いは次第に不安と不信に変っていった。

 先月下旬に、福島原発事件について新事実を知らされたばかりであったからかもしれない。311のメルトダウンは、実は3日後の14日には分かっていた、という事実だ。そう判断させる材料が、事故当時は「ない」と主張していた東電が、その社内マニュアルが出て来た、と発表した。そして、今の今まで5年間も気が付かなかったと主張して失笑をかった。

 そういえば、そのころ、わが国民は20km県内にいる人は屋内退避をとの指令などに接し、おののいていた。今から思えば暢気に構えていたことになる。アメリカは事故後間なしに、在日アメリカ人に対して80km県外への非難を命じていた。きっとアメリカ当局は、東電が5年間も忘れていたというマニュアルと同類のモノサシを有しており、即座に事実をつかみ、そのマニュアルに沿って科学的に判断していたのだろう。

 そのころは民主党政権だった。自民党から、どのような引継ぎをしていたのか。国民の安心安全と財産保全のために、自民党は前政権党としていかなる責務を果たしていたのか。このマニュアルの存在を知っていて当然だ。民主党は、知っていたのか。

 当時の菅首相は現地に飛んだが、知って飛んだのか否か。その後、民主党は原発とオサラバする政策も打ち出しているが、それを、自民党は返り咲くやくつがえした。こうしたことをグタグタと考えた。

 その気分を、かなりスッキリさせたのが、友人に届けたもらった小泉前首相の公演内容だった。かいつまんで言えば、次のようになる。

 「『安全』『コストが安い』『クリーンエネルギー』。この推進論者が声を大にして宣伝していた三大スローガン、全部、ウソだと分かったのです。ウソだと分かって、いかに政界を引退しても、ウソのまま黙っているのは。ウソを信じた自分の不明、これを反省するのは当然なのですが、騙された悔しさですね。まあ、『騙された私があほやねん』という歌があったけれども、騙された方が悪かったのですね。

 しかし、私なりに勉強をすればするほど、この『安全』『コスト安い』『クリーンネルギー』。ますます自信を持って『嘘だ』と言い切れるように確信を持ったから、原発ゼロを直ちにしなければならない。(しかし安倍政権は)今でも推進している」

 このように、小泉さんは呼びかける。総裁時代に「コネズミ」と呼びたくなった人だけど、その訳が分かった。同時に、「チェンジマインド」ができる人かもしれない、もしそうなら、これからは尊重しなければいけない、と思った。そのためには、ブレアのように、イラク問題でブッシュの尻馬に乗ったことも反省する必要がある。

 「元経済企画庁の原子力局長はこういうことを言っているのです。『地元の住民が県外に避難しなければいけないということは絶対にない。そういうことがあったとしても、それが大事故につながらないというのが多重防護であります』と(言っていた)。原子力局長ですよ。これは信じますよね」


 かく、すっかり騙された根拠も示した。

 「最悪の事態、もう一回爆発していたら、日本国民、250キロ圏内の人は避難しないといけない。ということは、東北を含めて、東京を含めて避難する。『約五千万人の人々が避難しなくてはいけない最悪の事態が来るかも知れない』ということを想定したわけです。仮に、もう一基、原発がメルトダウンを起こしていたら、そうなっていた可能性がある。幸運にも、それがなかった。だから今の程度で済んでいるという話ですよ」

 かく、当時の緊迫した状況も紹介した。民主党は、幾つかの国に、100万人のオーダーの難民受け入れを要請した、とのうわさを聞かされていた当時の話だ。そうした危険性を再発させかねないことを自民党現政権は推し進めている。それは天災の問題だけではない、仮に、弾頭が原爆のミサイルを1発撃ち込まれtただけで再演させかねない。

 「しかし今年の四月から電力会社は地域独占だった。今度、ガス会社も他の業界も参入してもいいようになると、早々に料金は上げられないようになる。最近、これから自由化になって、さまざまな業界と競争しないといけない。となると、『原発政策は政府が支援しないと成り立たなくなる』と言い出した。

 『(原発は)一番コストが安い』と言っていたじゃないか。原発は一番コストが安いから、どんな産業が参入してもやっていけると思っていたら、そうじゃない。『原発は政府が支援しないと成り立たない』ということは、『国民の税金を原発会社に渡してくれないとやっていけない』ということですよ。

 事実、『コスト安い』というのはとんでもないですよ。原発ほどお金がかかる産業はないのです。しかも、政府の支援が必要。というのは国民の税金です」


 かく、コスト問題も掘り下げた。さらに、

 「『文殊の知恵だ』ということで、『もんじゅ』と名前をつけたのです。とんでもなかった。1985年、もんじゅは永遠のエネルギー。資源を輸入しなくて済む。原発は素晴らしい。世界でどこもやっていない技術を日本はやっていこう。『もんじゅ』という名前は何か仏様か菩薩様を感じていいなと思っていた。それが十年経って完成した。1995年、わずか数ヶ月で事故を起こして、それ以来、二十年、一回も稼働していない。

 その担当した経営者は、原子力安全委員会が事故が起きるたびに『こういうことが必要だ』『点検しなさい』と様々な忠告をしているのだけれども、全然守っていなかった。それが分かったから『経営者を変えて新しい施設を作れ』という勧告を出した。半年ぐらいで結論を出さないといけない。30年かかっているのですよ。

 ほとんど数ヶ月しか発電しない。それ以降、すぐに事故を起こしてダメ。文殊の知恵が出て来なかったのですね。そして何と30年間、一兆一千億円、国費です。そのもんじゅを作るのに。 いま維持している費用、一日維持費が五千万円かかるというのです」


 かく、もんじゅのもんだいを紹介し、

 「ドイツにしても北欧にしても、自然エネルギーで3割を超えている国がありますから、私は原発ゼロを宣言すれば、何百年も経たずして何十年かで、今までの原発の依存度『30%』は、原発に代わって自然エネルギーで十分にやっていける。そうすれば、将来、どんどんどんどん増やしていけば、自然エネルギーが原発以上のエネルギー源になって、国民の間に利用されていく時代が来るというのは、夢の事業ではない。幻想でもない。現実的な大事な事業であり、これこそ日本が世界からお手本になる」

 このように、首相の時に打ち出しておれば、首相の権限でこれぐらいのことは簡単に調べらら他のだから、打ち出しておれば、日本は変っていた。

 「日本人というのはピンチをチャンスにしてきました。『昭和16年夏の敗戦』という都知事をやった作家時代、猪瀬直樹さんが今から30年前にそういう本を出した。『昭和20年夏の敗戦』なら分かるけれども、どうして『昭和16年夏の敗戦』なのかと思って読んでみた。

 なるほど(と思った)。昭和16年夏、近衛内閣。アメリカときな臭くなってきた。『アメリカと日本が戦うと、どうなるのか。そのリポートを出せ』と。閣議決定をして、日本総力戦研究所というシンクタンクを作ったのです。そして、四ヶ月後、昭和16年8月、近衛内閣は閣僚の前でその結果を報告している。その資料を丹念に調べた本です。各省庁のエリート、有識者の30人くらいの研究員が結論を出した報告書を閣議で報告した。結論はどうだったのか。

 『もし、アメリカと戦ったら日本は必ず負けます』と報告した。昭和16年8月。

 しかし、『それは机上の空論だ』と言って無視された。昭和16年12月、真珠湾攻撃をして戦争に突入した結果、完敗ですよ」

 かくのごとく締めくくり、現政権だけでなく、その政権を認めている私たち国民の民度の問題だ、と言わんばかりに締めくくった。昭和16年と違って、私たちはさまざまな情報をまだ得られているわけだし、意思表明の機会もまだ当てられている、と私は思った。

 問題はこれからだ。高浜原発については、福井地裁でのかつての動きがとても気になる。昨年の春、福井地裁の樋口英明裁判長は、高浜原発3,4号機の運転差し止め請求を認めている。それは画期的な判決だった。その判決理由は広くネットで紹介され、世界中に共感の輪を広げて来た。ドイツのメルケル首相もその1人だろう。

 だがその後、最高裁の人事異動発令があり、この差し止め決定は8カ月後に異なる裁判長の判断によって取り消されている。それは巷の憶測通りであったわけだ。こうしたことが、このたびもまた生じやしないか、と心配だ。

 この心配は、池澤夏樹さんの「原発崩壊は天災ではない」との意見(1週間前の3日)と、田中優子さんの「文明災害を自分で考える」(前日の8日に)を知っていただけに、いやがうえにも高まった。私たちは、民度を試される、と思った。

 余談だが、アメリカは今、トランプのおかげでその民度を世界に明らかにする好機を迎えつつある。その結果次第で、もう一度アメリカに出かけるか、と考えた。

 同時に、3人の判事、樋口英明氏、山本義彦氏、そして伊達秋雄氏のその後がとても気になる。こうした人が高裁へ、そして最高裁へと進むなら、日本は明るい。明るくなる、と思う。そうした風潮の真っ逆さまであったから、『昭和16年夏の敗戦』を演じたのだろう。日本の最高裁判所判事の決め方を民主的に改めなくてはいけない。


 

 


巷の憶測


 


原発崩壊は天災ではない


 



文明災害を自分で考える