公共哲学

 

 これはまさにフィロソフィア、「智を愛する」ではないか、と思った。この人たちも工業社会の終焉に気づき、次代の模索に入ったようだ。その決め手として公共哲学を位置付けているに違いない、と私は睨んだ。ともかく、与えた庭仕事に取り組む姿勢に感心した。2時間ほどかかる、と見ていた作業が、半分ほどで済んだ。

 乙佳さんを迎えた時に、「ピカリッ」と光り輝くものを感じた。それは公共哲学という概念に触れていたからだと思う。貧富格差の拡大や、認知症に悩まされる人の増大も、公共哲学が普及すれば減少に向かうはず、と思った。処女作『ビブギオールカラー』をどうしても書き上げたくなった時の心境をありありと思い出した。

 だから、『ビブギオールカら』も話題に出した。「『欲望』の大切さ」と、「『欲望の解放』の恐ろしさ」を峻別する必要性の提案だ。工業社会は、かつて「貴族階級や兵士が独占していた欲望の解放」を、万人に許したが、これが諸悪の源泉になった、との1つの論旨も紹介した。貴族やその手先である兵士の成就の仕方と、勤労者の真似の仕方の差異を掘り下げたわけだ。資本主義に基づく工業社会の行き着く先は、貧富格差の拡大だけでなく、認知症に悩まされる人を増大させるに違いない、などとの予感が人間の「3つの脳」までとりあげさせ、そのメカニズムに触れたことも紹介した。

 質問は、今の生き方に私を誘った要因から始まった。幼児期に一転した生活環境。母は嫌い恐れた伯母だが、私はその知恵に惹きつけられた経緯。結核菌に侵入され、死を意識したこと。59年前の今頃に、知的障碍者(知恵遅れと呼ばれていた)源チャンの口から洩れた一言などを挙げ、留めはオイルショックであった、と述べた。

 質疑が重なるにしたがって、気になり始めたこともあったが、私はココロの中で、私なりの公共哲学の概念やそれを必要とする想い が育っていたようだ。

 万人共有の「欲望の解放」に替えて、次代は各人固有の「人間の解放」に目覚めざるをえなくなる、との想いを開陳し、そこで必然的に求められるのが公共哲学ではないか、とエールを贈った。その思いが『ビブギオールカラー』を誕生させたわけだ、と過去を振り返ったが、当時の自分が少し不思議に思われた。社会人としては、私なりに絶頂期であったが、かくも簡単になぜ捨てられたのか。改めて不思議に思われた。

 思えば、工業社会(第4時代)はすべての人を「ミニ秀吉」にした時代であったが、第4時代は「ミニ利休」を志向する時代になる、と見ていたことも思い出した。だから、引き続いて『人と地球に優しい企業』を記す気になった心境も述べた。

 それは『ビブギオールカラー』に対する反応「第4時代が来るとしても、企業の出番はあるのか」との反応、ひらたく言えば「環境でメシが食えるのか」との質問への答えであったことを告げた。

 

この人たちも工業社会の終焉に気づき、次代の模索に入ったようだ